カンボジアで手織りでシルクを生産している村の支援活動に参画させて頂くことになりました。            
人の手、人の心、やさしさに触れて、感じた幸せ感を、日本のみなさんと分かち合いたいと思います。       
手作りの支援活動、手作りのシルクショール、手作りのご紹介…、全てがゆっくりと地道ですが、
一つ一つ、一人ひとりがゆっくりと、しっかりとつながっていくことを願い、私たちも地道に歩みます。
<NPO法人グローバルハートスペース/シルク村支援協力プロジェクト>

2013年6月1日土曜日

おねねーず♪知りたがり探訪の巻き 「天蚕編」  <横田>

GHSでシルクプロジェクトに携わらせて頂くようになって、いろいろな方とご縁をいただく機会が増えました。今回は、昨年あるイベント会場で偶然出会った、天蚕を育てておられる師匠の元で修行しておられる女性とシルクつながりで意気投合し、見学をさせていただく運びとなりました。

天蚕のことは御存知でしょうか?私は全く知りませんでした。御存知ない方は以下の資料をご覧下さいませ。(広島市内の可部山まゆ同好会資料引用)

シルクにまったく興味のなかった私ですが、昨年より約1年間、シルクに関わるいろいろなお仕事をさせて頂いたからこそ、つながりのあるものなんでも知りたがりの過剰反応を示す体質に変化し、それが我ながらおもしろいと思っております。
いい年いったおばさん二人が高速ぶっ飛ばして、わくわくしながら蚕を見に行くなんて理解不能なことだとも自覚しておりますが、こんなアクションが楽しくてたまらない、おねねーずです(笑)

天蚕を育てておられる岡田さんよりお聞きしたお話です。
5月の連休ごろにクヌギの葉に蚕の卵をつけるそうです。和紙に数個の卵を糊で貼り付けます。
この糊も昨年までは、フエキ糊を利用されていたそうですが、今年は手作りの柿渋1:ワラビ粉1:水2の自家製糊を作られ、天然の和紙に卵を付着されるそうです。ふ化瞬時の体長は6~7mmで
脱皮を4回繰り返し5回目にまゆを作る段階に入ります。脱皮した回数で1令、2令と呼ばれていました。1回の脱皮に要する日数は10日間くらいでそのうち7日間はえさを食べ、3日間は休むそうです。50日~55日位でまゆになるそうです。

4令の時期に一番大きくなるそうで、一生分のえさの95%をこの時期に食べるんだそうです。
つい、「私は毎食95%以上食べてるな~」と口走ってしまいました。

まゆになる前の5令の時期の蚕の体の色がそれはそれは、きれいな透明感のある神々しい黄緑で一番きれいな姿になるそうです。
その時期に是非また見学に行きたいと思ってはいますが。。

なんというのか、実際に蚕を見るまでは、蚕に対してなんの感情もなかったのですが、目の前で見る蚕の姿があまりにも美しくて、魅せられてしまいました。

こうしてご縁をいただいた岡田さんが、どうしてこの天蚕と出会ったのかが知りたくて、ウズウズし、私は初対面で失礼だとは思ったのですが、聞きまくってしまいました。

全国を歩きまわるお仕事をされていた岡田さんが、40代半ばに長野にいて(天蚕は長野が有名)
そこで蚕を育てているおばあちゃんと出会い、その時に5令の美しい蚕を見たのがきっかけだったというお話でした。岡田さんは、生態を調べるためのお遊びで、東京の自宅のベランダで蚕を育てたそうです。

広島にこられて土地をお求めになられ、蚕を育てることにしたそうですが、その頃3年間続けて
蚕が死んでしまうという事態になられたそうです。その原因は、マツタケ栽培用の農薬空中散布によるものだったそうです。その空中散布がどうにかならないのか、話をしにいったりされたそうですが、それはやめることができないから、お宅がやめるしかない、と言われたそうです。

そして、15年間天蚕を育てることをやめておられたそうで、ちょうど4年前に再開されたそうです。
蚕を探す時は、葉の減り方を見て探すとよいと言われていました。蚕は食事のマナーがよく、端から順番にきれいにたべていくそうなので、虫そのものを探すよりも、効率がよさそうですね。
蚕は1頭、2頭と数えるそうで、現在こちらでは、12,000頭の蚕がいるそうです。
卵の全体量から6割位がまゆになればいいそうで、7割いくと上出来だそうです。

農園を見学させていただいた後は、お部屋で岡田さん自家製のお茶をいただきながら、資料を見せていただいたり、天蚕の糸を見せていただきました。そして、私達の活動やパンフレットもお渡しして、お話させていただきました。

お仕事の合間に、本当にたくさんのお話を聞かせたいただき、心より感謝します。
この体験がどうつながっていくのか、自分たちの活動に生かされていくのか、今はまだわかりませんが、必ず次のアクションにつながっていくと信じていますし、そうしようとオネネ二人は,妄想をふくらませるのでした。